【経歴】小田原市長:守屋輝彦の父は誰?名前+画像も

年齢や経歴などのプロフィール

こんにちは。ミライです。

今回は、守屋輝彦氏を取り上げます。

2020年5月18日、守屋氏が小田原市長選初当選したことが報じられ世間の注目を集めています。

一体、守屋市長とはどんな人物なのでしょうか?

守屋輝彦氏が小田原市長に就任

守屋氏の当選について「産経新聞」は次のように報じています。

任期満了に伴う神奈川県小田原市長選は17日に投開票され、
無所属で新人の元県議、守屋輝彦氏(53)=自民推薦=が、
4選を目指す無所属で現職の加藤憲一氏(56)を下し、初当選を果たした。

得票数は守屋氏3万7245票、
加藤氏3万6701票で、
差はわずか544票だった。

投票率は46・79%。

当日有権者数は15万9323人。

(2020年5月18日配信)

上記の通り、今回の市長選は”超接戦”でした。

守屋氏は新型コロナウイルス対策を最優先に掲げており、現下の情勢を踏まえた主張が市民の支持を集めた理由かもしれません。

世間の反応

今回は自民推薦は殆ど関係無く、
これまで、現職支持であった医師会が、
コロナ対策はもとより、
市立病院や産婦人科の建設に民意が反映されなかったことなどに異を唱え、
新人支持に回ったのが大きかったな。

えらい激戦だったんですね。

初挑戦では落選しましたが、
その後二回は圧勝、
三選目は無投票でしたが、
今回は約500票差で落選。

四選というのは多選に厳しい時代だから厳しいのかな。

今回は自民が対立候補たてましたしね。

今までは男前の顔と、若さで圧勝してたけど、
年で衰えてきたかな

あまり良いと思える政策をしてたイメージはないから
見切り付けられたんじゃないか

市民会館建て替えないし、
好リッチの場所に辺な立体駐車場付きシルバーセンターみたいな変な建物作ってるし、
99%失敗することが目に見えてる小田地下復活させて、
案の定閑古鳥だし、
アマゾン誘致したけど、
別にそれで雇用を掘り起こしてるわけでもないし

経歴は?

守屋市長の経歴(学歴)がこちらです。

1966年(昭和41年)11月9日
小田原に生まれる

小田原市立 芦子小学校卒業

小田原市立 白山中学校卒業

神奈川県立 小田原高校卒業

東京電機大学 建築学科卒業

東京大学大学院修了(都市工学専攻)

1992年(平成4年)
神奈川県庁入庁

2010年(平成22年)
神奈川県庁退職

2011年(平成23年)
神奈川県議会議員選挙 
トップで初当選

2015年(平成27年)
神奈川県議会議員選挙 
無投票で2期目再選

※「https://moriya-teruhiko.com/profile/」より引用

上記の通り、守屋氏は政界に進出する前は神奈川県庁に勤務していたのです。

県庁には18年勤務していましたが、その中で多くの課題に遭遇したと言います。

しかし、それらの課題を解決するためには、県庁の”職員”では成し遂げることが出来ませんでした。

そのため、彼は一念発起して県議会議員選挙への出馬を決めたというわけです。

父も政治家だった!名前や画像は?

県庁の職員から県議となり、今回の選挙では市長に当選した守屋氏ですが、実は彼の父親も政治家だったのです。

当時は、

「なぜ議員を目指すのか?」

と聞かれたことを覚えています。

私の祖父、小田原市議会議員でしたので、
幼少期から政治が身近にあったことはたしかです。

※「https://moriya-teruhiko.com/192/」より引用

上記の通り、守屋氏の父は小田原市議を務めていたのです。

幼い頃から父親の姿を見ていた守屋氏が政治家になることは必然だったのでしょう。

ただ、父親について明らかにされているのは「元市議」という事実だけであり、名前や顔写真などは不明となっています。

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